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1996年11月号の特集記事「メンタルトレーニングの実際」

洛東高校卓球部時代にやっていたメンタルトレーニングが、コーチングクリニック(ベースボールマガジン社発行)1996年11月号の特集記事「メンタルトレーニングの実際」の中で紹介されました。
私の部活動が取材され、私が全て答えています。少し読みにくく感じるかもしれませんが、お読みください。
ちなみにちょうどこの記事に書かれてあるように、メンタルトトレーニングを最初に始めた学年が1996年7月の近畿大会で、男子団体で洛東旋風を巻き起こしてベスト4に入賞し、近畿ランキングではランキング3位にランクされ、京都のライバル校だった卓球界の超名門の東山高校が近畿ランク4位とランキング上は1つ上回った話などが書かれてあります。
その時のベスト4入りで兵庫1位校の滝川第二高校から殊勲の決勝点をあげた梶隆博選手の感想文も添えてあります。

 

その後1989年から2013年の間インターハイ男子シングルス京都府代表選手100人のうち、何と99人までが、東山高校で占められていましたが、その東山勢以外の100分の1人のインターハイ出場選手が、私が指導していた京都府立洛東高校から輩出した戸井聖和選手でした。
彼は1997年の全国高校選抜卓球大会男子シングルスでも全国優勝しています。
戸井選手がインターハイ出場を決めた時のインターハイ予選でのメンタルの状況を書いた感想文も載せてあります。
これらは、私が高校の卓球部の監督をしているころは門外不出の、本来なら部外秘の内容のものですが、メンタルトレーニングに興味のある方の参考になればと思い今回載せることにしました。
この時期は、ちょうどメンタルトレーニングに没頭していた頃の資料ですから、じっくり読めば、何かあなたの参考になると思いまず。

 

 

 

 

 

洛東卓球部メンタルトレーニングの成果(1996年近畿大会感想文)

  

‘96年近畿大会の感想

洛東高校卓球部 3年 梶 隆博

 

今回の近畿大会が終わって、一番初めに感じたのは、うれしいという気持ちよりも、何かを達成できたという充実感でした。ずっと「中途半端」とか「今一歩」とか言われ続けたのから、信頼というレベルに近づけた試合内容だったと思う。
それは、先生や李さんが思っている僕の卓球スタイルと、自分が思っている卓球のスタイルが一致して、そのスタイルを出し切ることができたからです。
でも、やっぱり一番うれしいのは、試合前に書いたプライドのことで、「自分はいままでの練習のことを思い出し、それをプライド(自信)にする。」ということを達成できた、つまり自分のブライドを守ることができたということです。
あの時、ベスト16から団休戦に入る時、オーダーを見た時に、正直言って少し驚きました。なぜなら、前の日のダブルスで、思った通りの試合ができずに負けてしまったからです。
でもすぐに、「僕を出すには、何か理由がある。先生も何も考えずに僕を出すわけがない。」というふうに考えて、すぐに団休戦に頭を切り替えることができた。
そしてその時、魚木が大阪桐蔭OK選手にシングルで勝ったのを見て、「多分、今、普通のプレーをしたら自分は魚木には勝てないだろう。」と思い、「それだったら、勝ち負けにこだわらず自分の一番いいプレーができるようにする。魚木は魚木、自分は自分。」と思うことができて、あの魚木の試合が精神面でのいい薬となり、いい心理状態で試合にのぞむことができた。
 そして団体戦がはじまって、整列したときに、今までの自分の心理状態ではないことに気がついた。いつもだったらこんな大舞台にたつと、緊張して脈拍が200を越えて、手足がかたまり、頭だけがフル回転といった状態になっていたが(インターハイ京都府二次予選の決勝みたいに)、今回は、冷静に相手を見渡すことができ、自分をコントロールできている感じだった。
それが確信になったのは、4番で回ってきたとき、脈拍がいつもより少しだけ高いくらいで200とかにはなっていなかった。
そして、一球目から、サーブからの組み立てが頭の中でできて、三球目角度打ちがはいった時です。はっきり言って、試合中に、「こういうのは練習でやったなあ。」とか「このボールは守備のボールだ。」とか「これは100%はいるぞ。」などと自然に思えたのは今回が初めてだった。

 

大会前に三年生6人で話し合ったときに、「これから一週間の集中の仕方で近畿大会の結果が変わる。」という結論がでた。そして、半年前のあの県和商に負けたことを思い出して、もう絶対にあんな思いをするのはいやだと自分にいいきかせ、一週間をいままでにないくらい集中しきった。
そしてその状態で、あの、先生の、「プライドと伝統」という話が聞けたので、今まで以上に頭で理解することができたんだと思う。
そして三年生6入で、最後の都合のいい(?)神頼みをして、(余談ですが、8月1日にちゃんと毘沙門までお礼を言いに行きました。)そこまでやり切ったのがそういう自信、いい余裕につながったと言えるだろう。

 

そして、案の定、みんなが期待していた(?)4分の1の確率の「ビーキングモード」にはいることができた。ても僕は、あの時だけは100%ピーキングが出ると思っていた。何かえらそうな発言をしているみたいだけど、本当にあの時だけは、自分の実力が出せると、自分を信じることができた。
なぜなら、李さんにあんなに指導しでもらい、先生にいろんなアドバイスをもらい、チームメイトにあんなに応援してもらって、はっきり言って出ない訳がない。
これも一種の僕のプライド(自信)だと思う。あの近大附属のときと滝川第二のときで、勝ちを意識してしまったのは、両方とも2セット目の19-16のリードの‘時だけで、あとの全ての時に頭の中にあったのは、「こうやったら自分の最高のプレーがでる。」とか、「試合に出てないベンチの人、上で応援してくれている人、李さん、先生、その人達はどんなプレーを望んでいるんか。」とか、「こんな素晴らしい状態でいられいるのは誰のおかげか。」とかいったことしか、待っている時に頭になく、自分の試合の勝ち負けのことなんかみじんもなった。その結果が僕の勝ちにつながったと思う。

 

ここで少し自分をほめたいことがある。それは、近畿という大舞台で、しかも、両方とも僕が負けていたら団体がおわりという場面で、よく自分のメンタルがもちこたえられたということです。この面では、多分、前よりも一段成長できた部分として素直にほめたい。
でも、勝ったといっても、やっぱり課題はある。準決勝の上宮高校戦でA選手とやった時、調子に乗って自分よりも実力が上のプレーをしようとして、またスケール負けをしたということ。
やっぱりここらへんは、まだ経験不足と言える。それもこれからの自分次第だと思う。

 

最後に、全体の感想を書こうと思う。今回は、あの、僕らが1年だった時の上宮高校戦の団体の時以上に、雰囲気がよかった。
そしてこれは、単によかったと言うだけでなく、洛束の一番望む形である、どんどんと勢いがついていってだれにも止められないという形だった。
僕もみんなも多分、洛東が近畿で勝っていくには、こういった形しかないだろうと思っていたと思う。そして試合がについて言うと、近大付属戦や滝川第二戦では、僕が場面上ではラストという状態になり、勝って一番目立ったかもしれない。でも、戸井も僕と同じく、この2戦では2勝しているし、何と言っても、滝川第二戦では向こうのエースを2ー0でつぶした。
そして、久賀谷は、あの2ー2のラストのしんどい場面を前の近畿の二の舞いにはせずに2ー1で今度は勝った。
そして、不調だった林も、滝川第二戦のダブルスで、1ー1の16ー20から、見事な攻撃で挽回して23ー21で勝った。
こういった土台があってこそ、僕の勝ちがあった。例えて言うなら、サッカーの日本対ブラジル戦で、伊藤のごっつあんゴールが僕の勝ちで、一番目立ってた。
でもそこに至るまでには、前園がブラジル選手を見事に翻弄して、それが多分戸井の勝ちだろう。そしてブラジルの猛攻を日本のディフェンス陣が我慢して耐え忍んで、これが久賀谷・林のダブルスの挽回勝ちだろう。こう見るとおもしろいもので、一つ一つの試合がまるで一本の線でつながったみたいだ。これはむかし先生かよく言ってた、「5番までバトンを落とさずリレーする。」というのと同じことである。
やはり団休戦では、こういうのが一番力を発揮するのだとしみじみと思った。そしてそう思ったのは、もう一つの理由がある。それは東山の団休戦を見たたからです。はっきり言ってバラバラ。あの時の洛東だったら3位決定をしたとしたら、どっちが勝つか分からなかっただろう。そして、勝っても負けても、3?2とか2?3とかになっていたぱずだ。その点で言えば上宮は、さすがだった。チームカもかなりあり、あの負けはおそらく実力の差がかなり占めていたと思う。

 

最後に、このノートを書きながらほっとしている。一歩間違っていたり、何か一つでもやり残しがあったら、ここまではこれなかっただろう。でも、結果的にここまで来た。
そしてついに、念願の目標であった、布袋先生、そしていろんな人に恩返しをすることができた。これが今の僕にとっての一番の誇りである。
でも、まだ上には上がある。
これからも、もっと高い願望をもち、目標をたてて練習していく。これは卓球にも勉強にも人生にも言えることだ。
多分、入学した頃、先生がよく言ってた、「お前らの人生を変えてやる」といった近くまで来たと思う。
最後に、「初めと終わりよければ全てよし」、高体連は終わったが、
卓球人生はまだまだこれから。

 

 

専門家(高妻容一先生)について、メンタルトレーニングに本格的に取り組んだ最初の学年がこの学年だった。また、初めて中国遠征をしたのもこの学年だった。中国卓球をお手本にして日々練習に励んでいて、男子団体は2位常連校の平安高校に勝って京都府大会では東山高校と決勝を戦うまでになったが、東山高校と対峙すると「蛇に睨まれた蛙」状態になり、本来の実力が発揮できず、実際の実力以上の点差で負けたり、時にリードの展開になっても考えられないような逆転負け、例えば18−12(当時は21点3ゲームマッチ)から連続9本取りされるとか、20−15でセットポイントや、マッチポイントを取ったとたん、勝ちビビりをおこしてしまい、そこから1本も取れず逆転負けをするということを繰り返していた。
20−15ぐらいでやっと15-15オールぐらいの感じで、20-18リードなら実際は挽回しているかのような心理状態だった。
そんな感じだったので、これは卓球の練習だけやっていても勝てるようにはならない。メンタルを鍛える方法が何かあるはずだと思って、当時は書店に通ってはメンタルトレーニング関連の本を片っ端から買い漁って読んでいた。
その頃はメンタルトレーニングという言葉も一般的でなく、メンタルトレーニング関係の本と言えばほとんどが外国の本の翻訳本だったので、最初はテニスのメンタルコーチとして有名だったジム・レアー博士の『勝つためのメンタルトレーニング』(テニスジャーナル編集部)を教科書として、メンタルトレーニングを行っていた。
そうしていたら、ある日いつものように書店に寄ってメンタルトレーニング関連の本を物色していたら、珍しく日本人の著者でメンタルトレーニングの本と出くわした。
それが高妻容一先生の『明日から使えるメンタルトレーニング』(ベースボールマガジン社)だった。この本を介して高妻先生とのお付き合いが始まり、この学年からしばらくは高妻先生直々の指導を受けるという幸運に恵まれ、高妻先生によるメンタルトレーニングの指導を受け始めて1年余の1996年7月の近畿高校卓球選手権の男子団体準々決勝。
兵庫1位の滝川第二高校との一戦でその成果が見事に出た。
この時は勝った試合も負けた試合も、ずべての試合が最後までもつれにもつれる大接戦で、ついに2−2のラスト勝負となり、最後の試合もフルゲームの大接戦。そして、そのラストの試合を勝って3−2でチームに勝利をもたらしたのが、この感想文を書いた梶隆博選手。
メンタル的に実にタフな試合を、1年以上行ってきたメンタルトレーニングの成果を発揮して、見事なメンタルタフネスぶりで近畿大会ベスト4に入賞したときの様子がうまく伝わってくる感想文になっています。
このときの洛東男子チームはチーム全体が「ゾーン」状態(この頃はこれを「ピークパフォーマンス」と呼んでいた)という感じで、監督の私もベンチで選手たちの試合での奮闘ぶりを眺めながら、途中でなぜか「ああ、この子たちの(高校での)3年間は、(対戦相手の)滝川第二の子たちの3年間より上やわ」と思ったことを今でもはっきりと覚えている。
ということはこれは「勝てる」ということなのだろうけれども、その時の感覚のそれは、勝つとか負けるとかという次元の感覚ではなく、「面白いわ、この試合」と思いながら、まるで1人のファンが試合を見ているかのように緊迫した試合を面白がって見ている、なんとも言えないとても不思議な空間にいる感じで、そういう空間にいる自分を感じながら、ベンチで大接戦を戦っている選手たちの試合を不思議なくらい冷静に観ていた。あの時は、きっと選手だけでなく私も「ゾーン」に入っていたのだろうと思う。
(ちなみに、この近畿大会での殊勲の梶選手が、感想文の最後に「初めと終わりよければそれでよし」と述べているのは、彼が洛東卓球部に入部したばかりの高校1年生5月の京都高校のとある大会で、2位常連校の平安高校(現、竜谷大平安高校)との団体戦、準決勝2−2のラストで彼が勝って、洛東男子が初めて団体で平安高校に勝って初めて東山高校と決勝を戦ったこと(=はじめ)と、最後の近畿大会で滝川第二高校から2−2のラストで勝ったこと(=おわり)を指していて、同級生たちからは「良いとこ取りの梶」と呼ばれていいました。)

 

そして、この洛東卓球部のメンタルトレーニングをさらに発展させて、大きな花を咲かせていったのが2年後輩の戸井聖和だった。
彼は、この近畿大会の8か月後の全国高校選抜卓球大会の男子シングルスで全国優勝し、2年後の京都府インターハイ予選で東山高校勢の1角を崩し、京都府インターハイ予選を通過し全国インターハイに出場することになる。(布袋)

洛東卓球部メンタルトレーニングの成果(1998年インターハイ予選)

‘98年インターハイ京都府二次予選の感想文

洛束高校卓球部3年 戸井 聖和

 

今回の二次予選では、自分の3年間やってきた事に自信をもち、悔いのない試合に しようと思い、今までやってきた数々の事を思い出すことによって自信が生まれたの だと思う。
1日目、少し東山に対する恐怖心はあったけれど、試合の途中で声を出す ことによってそれを打ち消すことができた。
先ず、試合前の事から思い出して行こうと思う。
総体後のミーティングの後、先生から、今までの自分の考え方の甘さを指摘され、 その事に気づいた時に、行動・態度がもう変わっていたと思う。
いままでの自分では 気づかない事まで気づくようになっていった。それに、前より自分の意志もハッキリ したものになり、その意志もより強くなっていることに気づいた。
例えば、先生に気を使うというか、コーヒーしかいれる事しかできないけれど、そ れがやりたいというか、やってあげたいという気持ちになったり、何というか、先生 の苦労が前よりも感じる事ができていた。李さんに対しても同じであった。
何か良いことを沢山して、二次予選まで沢山の事を終わらせておこうと思い実行し ていた。
もし、試合で「あれ、まだやってへんかった。」とか、迷いが出るのがすご く嫌だったからだった。そういう不安を沢山消そうとしていた。
例えば、練習後に球の拾い忘れやモップとかをやっていないという事とかである。
そうすることによって、1日1日過ぎる毎に不安が大きくならずに、逆に減っていっ て、何も考えずに練習に集中することができていた。
夜には、家にすぐ帰って、自分のする事だけをしてすぐ寝ていた。
何にも深くは考 えていなかった。ただ言われた事で良いと思った事(言われた事で悪いと思ったモノ はないが)は、全てやって1日1日を過ごしていた。
そうする事で、不安も消え、迷 いも自然に自分の気づかないうちに無くなっていたのだと思う。
全て自分の力で、自分の思った通りに動いて、自分で決めて、自分で正しいと思った事を、一人で実行し ていただけだった。
その時点で、もう、「行動・態度が変われば」の次に来る「習慣 が変われば」に、ある程度人っていたのだと思う。
試合前のグリコーゲンローディン グも、もう3年間やり続けていて、すでに習慣になっていた。

二次予選前に考えていた事は、それよりももっと先の事だった。
二次予選が終わっ た後の事や、自分の卓球人生は二次予選で終わりではないから等といった、先の事ば かりを考えていた。
そして二次予選の事では、インターハイ出場(ベスト4)ではな く、優勝する事を考えていた。
先の事、先の事と考える事によって、ベスト4に入る 事ばかり考え過ぎたり、その一試合だけを考え過ぎたりする事が防げたと思う。
試合1日前からは、もう自分の体を第一に考え、何も考えずに寝た。朝も、いつも やっている事、出来る事だけをやった。
ただそれだけだった。いつも通りという感じ だった。
予定通りという感じというか、ただ本当に自分のやるべき事をするだけだった。
試合会場に向かうまで、何か考えるだろうと思い、バスの中では音楽を聴きながら寝た。 バスを降りた後も自分の思った通りに行動していた。
ただ、言われて良いと思った事は全て 行動に移していただけである。
ただそれだけだった。
余計な事は一切しなかった。
試合会場 に着いても、自分のする事だけを考えていた。それでも、自分でコントロール出来ない事が、 少しは雑念として出てきたが、意識で打ち消すことが出未た。
二回戦の T(東山)戦では、最初は緊張しすぎだったけど、0-7 になってから焦りがだい ぶひいて、挽回して1セット目を取ることが出来た。
2セット目は、その勢いのでまま試合 を進める事が出来た。1セット目の途中からと2セット目の途中まで、あまり自分で思い出 す事が出来ないから、これぐらいしか書けません。
1日目が終わり、もう疲れて何も考える事なくすぐ寝た。
2日目の朝も、1日目と 同じく何も考えずに朝を過ごしていた。ただするべき事だけをしていた感じだった。

2日目、シングルスから始まり、三回戦のH(平安)戦は、1セット目を取っていなか ったら、すごくあせっていたと思う。この試合の1セット目が、この2日間で一番考えすぎ の試合だったと思う。
この1セット目が自分で自分の首を絞めていた感じだったが、すぐ気分転換出来だのが良かった。
準々決勝の、インターハイ出場の懸かったM(東山)戦では、一言で言うと、自分は何をしたのか分からない。
1セット目はもう全然覚えていない。
1セット目と2 セット目の間、椅子に座って先ず落ち着くことにした。(この頃は個人戦はベンチに誰も入れないルールだった)
その時に、いろいろな人、お世話になった人が浮かび上がってきた。
先ず布袋先生から李さん、高妻先生と本当に 一瞬だけだったが浮かび上がり、その時に思考が変わった。
「自分一人で戦っている のではない。」と思った。
2年生の時はこんな事は思わなかったから負けたのだと思 う。
だから、2セット目からは、応援してくれているみんなのいる観覧席に向かって 声を出したり、ガッツポーズをした。
それをする事だけを考えた。あとは2セット目 は何も覚えていない。ただ終盤に、20?16からチャンス球をカチンとラケッドの 角にあててミスをした時、昨年のインターハイ予選での失敗を思い出した。
そうする 事によって、集中力を取り戻す事ができた。
その後、20-17からどうやって1点 取ったかは覚えていない。 、
今回の大会の、特にシングルス戦ではもう殆ど何をしたか覚えていない。
それは初 戦から力が同じ位の相手だったので、必死になろうとしていたから、それを持続させ る事が出来た。
もし、初戦が弱い相手だったら、油断も生まれていたのだと思う。

そ う言った意味では、今回の東山 I 先生の組み合わせには感謝の一言である。
僕が言いたいのは、インターハイ決定戦の準々決勝のM(東山)戦では,1セット目は自分で奪い取り、2セット目はみんなのおかげで奪い取れたと言うことだ。
もし今回もまた、 自分一人の力で戦っているという考えがあったら、1? 2で負けていたと思う。
だから自分 の力もあるけど、みんなが僕に期待してくれたおかげで勝てたと思っている。
ハッキリと覚えていることは、シングルスのインターハイ出場が決まった後の団体戦で、 応援をしている時だけだった。
自分の試合は団休戦の時の事もほとんど覚えていない。

 

団休戦も終わり、全ての試合が終わった後、もう何か何だか、インターハイ出場を決めた自分が信じ られなかった。
多分、勝った人しか分からない気持ちになったと思う。
この瞬間は、イメージトレーニ ングで何回もイメージしていたが、この時は現実なのか夢なのか分からなかった。
今まで夢の目標だっ たものが、現実になるとこういう気持ちになるのかと思うとすごくおもしろい。
これでまた人生が変わったと思う。
自分の人生がすごくおもしろくなってきた。

 

 

1989年から2013年の間インターハイ男子シングルス京都代表選手は100人いますが、なんとその代表100人うち99人までが東山高校の選手で占められています。そして、その1/100人がこの洛東卓球部の戸井選手でした。
何しろ東山以外のインターハイ選手が出ない京都の状況では、技術だけ、卓球だけを練習していても目に見えない心の壁を越えない限りインターハイの切符は手に入らないと感じていたので、それを打ち破るため洛東卓球部は1994年頃から本格的にメンタルトレーニングに取り組んでいた。そしてその成果が大きく出た最初が、1996年7月近畿大会の男子団体戦でのベスト4。次が1997年3月の全国高校選抜卓球大会の男子シングルスでの全国優勝という結果に表れて、その完成形がこの1998年のインターハイ京都府予選でした。
この時は「ゾーン」を作りにいって「ゾーン」状態を作れた、メンタルトレーニングの最高傑作とも言える出来栄えだった。(布袋)

 

この感想文は、当時近畿大学におられた高妻容一先生に、チームでメンタルトレーニングを習っており、その成果が出たので、高妻先生が主催していた「メンタルトレーニング・応用スポーツ心理学研究会」でインターハイ予選までの取り組みやインターハイ予選当日の様子などの発表を求められて、その研究会での発表用に本人が書いたものです。戸井聖和は高妻先生には個人的にもよくみてもらって、かわいがってもらいました。
彼が洛東卓球部に入ってきた当初は(効果のほどを信用していなかったので)メンタルトレーニングには余り熱心でなかったが、彼が高校1年生の終わり頃の1997年3月の全国高校選抜卓球大会男子シングルスに、洛東卓球部としての初の全国大会出場が決まった時から、本格的にメンタルトレーニングに取り組み始めたら早速、この全国大会で全国優勝という結果が出た。
それ以来メンタルトレーニングの虜になりそれから、メンタルトレーニングを継続してやり続け、高校3年生の6月のインターハイ予選で、そのメンタルトレーニングの成果をいかんなく発揮して見事1/100人になったその様子をこの感想文から感じてください。(布袋)

「卓球のメンタルトレーニング」動画/講習会

私はメンタルトレーニングの日本の第一人者である高妻容一先生(東海大学教授)から、世界最先端のメンタルトレーニングを学んできました。
そして高妻先生から学んだメンタルトレーニングを、指導現場において卓球用にアレンジを繰り返してきて、実用的な「卓球のメンタルトレーニング」も形になってきました。

 

今後は、古武術卓球の技術や戦術だけでなく、「卓球のメンタルトレーニング」の情報も発信して行きたいと考えています。
少し時間的余裕が出てきましたら、「永久/映像会員」向けの「メンタルトレーニング動画」も作っていきたいと考えております。
また、「卓球のメンタルトレーニング」の講習会を開催したいというプランもあります。その際は「映像会員」の方も参加できるようなプランで考えております。
メンタルトレーニングに興味のある方は、この機会に「映像会員」になって頂けたらと思います。

 

このように「布袋卓球アカデミー」では
「心(=メンタルトレーニング)」「技(=古武術身体操法を落とし込む)」「体(=古武術身体操法)」「智(=公立高校で名門私立高校に対抗する知恵と「戦略戦術」)」の、卓球の「心技体智」が学べます。

「布袋卓球アカデミー」に興味を持ってい頂いた方でまだお読みでない場合はこちらをどうぞ。
            ↓     ↓     ↓     ↓     ↓     ↓
 「布袋式古武術卓球はどのようにして生まれたか」

 

(長い読み物になっていますので、つながるまで少し時間がかる場合があります。その場合はつながるまでお待ちください。)


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